すずと雨やどり。ブロガーさん応援ブログ

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こんな人がこのブログを書いています

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こんにちは!すずです。

 

私がこのブログや無料メルマガ、

 

‪『SUZU BOOK STORE』‬という

電子書籍の本屋さんを

なぜ作ったのか

 

その心境と、

これまでの人生を綴りました。

 

私に興味を持った方、

何をしているのか知りたい方は

読んでみてください。


私の発信で元気になれたり、
1歩前へ進むことができたら
とってもしあわせです(﹡ˆ  ˆ﹡)

 

ちなみに本屋はこちら↓↓

20200508103512

 

 

ではさっそく書いていきますね!

 

最後まで読んで欲しいので、

あえて目次はつけていません^^

 

伝えたいメッセージを

ぎゅっと詰め込みました!

 


貧乏で辛かった小学生時代

 

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幼少期から人前では
とても大人しい性格で人見知り。


生まれも育ちも田舎の出身で
まだ小学1年生の終わりで転校したこともあり、


よそ者はすぐに受け付けない田舎独特の風潮に
悩まされました。
  

馴染めなかったことや、
ひそひそされていたせいで
劣等感を感じやすい性格に。


お洒落な子も多くて、
貧乏だった私はそんな素敵な世界とは
程遠い生活でした。


親の壊滅的な美的センスもあり、
卒業式でさえダボダボの白いセーターに、
ださ~い黒ズボンでした笑


外見がダサイことって子どもの頃は
それだけで判断されたりするから、
かなり辛かったです…。
 
そんな幼少期を過ごし、
いつしか作り笑いを覚えて
周りの空気に流されて生きるという
「自分の意見のない人間」になっていました。


けれど一番胸に残り続けている
宝物のような思い出があって、


それは、あるひとりの子と
交換日記を続けていたこと。


1対1のメッセージのやり取りは

特別感があってとても嬉しかったな。


あの子にはずいぶん救われました。


そんなこともあってか、

友達は少なかったけれど

そのぶん一人一人の感情に寄り添い、

付き合いの深さを大切にしていました。

 


家族を失った中学・高校時代

 

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中学生ではセーラー服になったおかげで
「着るものがない」という
一番嫌な現実からはずいぶん救われました。


まさに制服って神か!でした。
 
精神面では相変わらず
「自分が何者かわからない状態」
自分というものが見いだせないままに
流されながら生きていました。
 
そして、この時期いちばん辛かったのが
突然の父親の他界。
 
一家の大黒柱を失い、
突然母子家庭になってしまいました。
 
母親は専業主婦だったので、
田舎なのに運転免許も持っていないくらい
外の世界との繋がりはありませんでした。
 
貧乏だったのがさらに貧困化し、
母方の祖父の家に居候することに。


人からどう思われているか、
人目がとても気になりだしたのは
この頃だと思います。


自信というものは、
ほぼゼロに近い状態でした。
 
母は職に就きましたが、
どれだけ時間を切り売りしても
低賃金からは逃れられない現実。
 
布団の中で息を殺して
静かに泣いている母の姿を
高校を卒業して社会人になるまで、
ずっと隣で感じていました。


相当キツかった。
 
子供って親の感情を
とても敏感に感じるようにできているようで
 
無力な自分に申し訳なさをすごく感じて、
人生で一番の辛さ味わいました。


いつか絶対に母親を
「貧困」から救ってみせると、
決意した時でもありました。
 
『お金がない』!
この現実は人の心をいかに蝕み不幸にするのか、
13歳の私は身をもって体験したのでした。


働き方に疑問を抱いたOL時代

 

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なんとか親の経済的負担を減らしたい!
と考えていた私は
 
高卒でも月収の良い会社を見つけ、
新卒で就職しました。
 
その会社では5年間、

社会人としてのスキルを磨くために
必死で仕事を覚えました。


 
要領も悪く、
相変わらず自信がなかったので


業務電話に慣れるのにも、
順序だててスケジュールを組めるようになるにも
3年の歳月をかけて

ようやく習得したほどでしたが…。
 
苦労した甲斐もあって、
母にも笑顔を取り戻してもらえるくらいには
経済的な援助もでき、
しばらくお金の面では安心していました。
 
お金に余裕があると、大切な人を救えるし
心に余裕ができるから人にも優しくなれることを
身をもって学びました。

 


18歳で就職した私は、
「母親のために!!」と、それだけを考え
一般的な8時間勤務を
5年繰り返していました。
 
職場の同僚や後輩は
自分の趣味や旅行にお金を使っている印象でした。
 
そんなみんなの話を聞いているうちに、
 
「あれ?私って

何のために生きているんだっけ?」


 

「もしかしてこのままだと

母が亡くなるまで

自分の人生を生きられないのでは?」
 
と、感じるようになっていました。


 
当時、貯金は300万。
 
「母親を助けるにも数年は大丈夫なはず。」
 
そう思い、今度はお金のために働くのではなく、
自分の心を満たすための労働をしてみる決心をしました。


 
「自分の心を満たす」って
一体どうすればいいんだろう?


 
その時、私が出した答えは

『自分の手で、

    誰かを笑顔にすること』でした。


 
「今は何もできないこの小さな二つの手。
 でも、努力すればきっと。」
 
仕事でも自信がついていた私は、
自分の可能性に賭けてみることにしたのです。

 


笑顔を創りたかったお花屋さん時代

 

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退職の話をした時、
母親はショックを受けた様子でした。


せっかく経済的に安定したのに、
いまの生活が崩壊するかもしれない。


そう思ったのだと思います。
今までのことを考えれば無理もありません。


でも母は
「自分の責任で、
   自分の思うことをしてみなさい」
と背中を押してくれました。

 

経済的支援は

これまでと同じようにすると約束をして、


心は痛みましたが、
初めて自分の人生を、自分自身で変えられた。
そう実感した瞬間でした。

 


次の職業は色々と悩んだ末、
『お花屋さん』でした。


自分の作ったものを受け取った

お客さんの笑顔を一番近くで見られる。

 

そんな気がしたからでした。

 


そして、私が作った作品は
店頭での笑顔だけで終わらず、

また贈られた先の

誰かの笑顔をつくるはずです。

 


贈られた人の心に

美しい思い出として残り続ける…


これ以上ないくらいの

「理想の未来」でした。


それからの日々は、
お客さんの笑顔を想像しながら
具体的な仕事内容や、なり方について調べたり、


300ページの花図鑑の内容を
隅々まで読んで暗記しました。


好きなことって
めちゃくちゃ夢中になれるんだなって
実感しました。


ネットで見つけて購入した
『お花屋さんのなり方』という教材が
実際に働き始めた後も、
ずいぶん自分を救ってくれたのを覚えています。

 

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当時は自覚はなかったけれど、
インターネットビジネスにこの時に
出会っていたんですよね。

 


いま思うと改めて、
ネットビジネスって
希望を託してくれる働き方だよなあと

強く感じます。

 


花屋は技術職、職人の世界。


勤めていた花屋の給料は
月9万円。


金銭的にも辛かったけど、
繁忙期を過ぎて客足が遠ざかる頃、
待ち受けていたのはなんと
退職を促したいがための『社内いじめ』でした。


最後は突然電話で
「明日からこなくていいから。」と言われ、
悔しさと明日からの生活への絶望感で
頭が真っ白になりました。


花の仕事はあきらめたくないと、
掛け持ちのバイトをしながら
もう一軒のお店に就職しました。


お給料は13万円。
ギリギリ生活できる金額でした。

 

それでも母には数万円

生活費として援助していました。


一人で店番を任せられることも多かったので、
理想の未来が叶ったな!

と思う日もありました。


けれど、しばらくの後に
前の花屋との繋がりがあり、
変な噂を流されたことで
またそこでも厳しい現実が待ち受けていました。


人格否定をされ続ける日々が始まり、
いつしかノイローゼに…!


なんとか生活できるほどのお金はもらえても、

自分の存在や

活動を認めてもらえなければ、
心の満足は得られないんだなと、

実感したのでした。

 


希望と絶望の店長時代

 

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なにかの救いを求めて、
花屋に勤めはじめた当初に
掛け持ちしていたバイト先へ
不思議と足が向かいました。


フラリと入ったところで
めったにいない店長に偶然居合わせ
「新店舗ができるから
 店長を目指して頑張ってみない?」
と提案されました。


その職場は

無理することなく馴染むことができ、
自分らしく働けていたのもあり、
評価も悪くなかったのです。


毎日の人格否定攻撃に
精神的に参っていた私には
その話が一筋の光のように感じました。


花の世界で働くことを泣く泣く諦め、
新しいライフステージへと
足を踏み出したのでした。

 


けれどその頃、
姉が実家に帰ってきて
そのまま引きこもりに。


私は母と姉の2人の生活費を
負担するという現実が待っていました。

 


新しい会社(物販サービス業)では
4年をかけて3店舗の店長になり、


リーダーシップや
コミュニケーションの難しさに翻弄されながらも、
自分の力をつけるため!と


朝8時~夜23時まで
体力の限界を感じながらも
時間など知るものか!と夢中で働きました。


仲間も素晴らしい人がたくさんいたし、
もう自分にはここしかないんだ!
という気持ちもあったので必死でした。


要領が悪いのはもう諦めていましたが、
負けず嫌いで努力だけはできたので、
それが自分を救ってくれました。


店長だけど、

学生と同じ時給(低い場合も)


非正規雇用・半年ごとの契約更新や
昇給なし・ボーナスなし・退職金なし


という条件で

契約書を書かされていましたが、
みんなもそれで我慢して頑張っているんだし、


「これが普通なんだ!」
と、信じて疑いませんでした。
(今考えると恐ろしすぎますが)


身体が慢性的に疲れてくると、
心が重くなっていき、
しだいに思考も働かなくなりました。

 


なにかおかしいな?と
身体に異変を感じつつも
周りに相談すると


「そんなの私もだよ!」
「この会社にいればそんなの当たり前。
   まだいい方だよ!」

 


まさに日本の『我慢は美徳』
という風潮が蔓延している状態で、


「じゃあ、もっと頑張らなきゃ!」という
悪循環のループにはまり込み、
さらに自分を追い込む形に。


そしてついにある日突然、
身体も頭も
動かなくなってしまったのでした。


それでもなんとか
重い体と頭と心を引きずって
約半年誰にも言えないまま、
出勤していました。

 


自分が『うつ』に!?
布団の中で考えた生き方革命

 

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あまりにもおかしい私の様子に、

母に連れられて行った病院で
診断された病名は『うつ病』でした。

 


私が当時の人生の

ほとんどの時間をかけて学んだことは、


『誰かのためだけに、

   自分を犠牲にして生きても
   本当の意味で

   心は満たされないということ』

 


『お金をもらえても、

   時間的自由と
   自己肯定感&

   承認欲求が満たされなければ
 幸せを感じられないこと』

 


『生きるにはお金が必要。

お金を得るには時間が必要。

 

時間を売って働いているままだと

本当の自由は得られない。

 

時間労働と切り離された資産

(自分の分身)を作って

 

収入を得られる仕組み

作らない限りは

 

一生お金と時間に縛られたままで

終わってしまう事実』


でした。

 


私の理想は
『お金に縛られない生活』
『自分の人生を生きること』
『誰かの笑顔をつくること』
だったはず。

 


けれどいつの間にか、

お金と時間の両方に縛られ

自分の人生を生きられないという

ループにはまっていました。

 


『みんな我慢して頑張っているよ』
 
でも、頑張りすぎたらこうなってしまった…!


がむしゃらに頑張っていれば
理想の未来が手に入ると信じていました。


けれど、現実は違った。


頑張る方向性を間違えてしまったんですね。

 


『命』とは

自分の一瞬一瞬の時間そのもの。

 


人生の大半を占める仕事に
心から楽しい!
と思える時期はそれでもいいけれど、


「家族との時間がぜんぜん取れてない」


「自分の趣味の時間が持てず、
  無味無臭な生活になってる」


「上司や仲間とうまくいかない日々が続いてる」


など、少しでも違和感を感じたら危ないです。

 


人生は仕事「だけ」が全てではないし、
一度きりしかない人生、
自分の大事な人との時間も大切にしてほしいと
思います。

 


一番いいのは
心から「これだ!」

と思える働き方をしつつ、


『時間を切り売りする仕事が

   すべてじゃない』


このことを前提に、

ネットを上手く活用して、
そちらからも収入を得る。

 


誰かに価値を提供することで

信頼と感謝が収入という

目に見える形で届くから
心も満たされるし、


会社や組織に頼らずに、
「自分で稼ぐ力」を身につければ


人生が180度変わる。

 


そしてその資産が
「価値を生み出す知識⇒情報」であれば
朽ちることもないし、
在庫に悩まされるリスクもない。


時間からも

お金からも解放された生活が手に入る。

 


もし仮に
自分が病気になって
倒れて寝たきりになっても
自動的に収入が入ってくるので、
安心して療養できる。
家族も守れる。

 


それが私が鬱になって
考え抜いた末の、幸せの形でした。

 


新たな理想の未来を目指して
活動した結果

 

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自分がこうありたい

という幸せの形が定まったことが

自分に希望をもたらし、

 

たくさんの本を読んだことで

これまで自分を縛り付けていた価値観が

崩壊し始め、

 

なんとか鬱から這い上がり、
思い切って退職を決めました。


理想の未来を現実にするため
退職給付金で生活しながら、
半年間、家にこもって勉強をし続けました。


お金の正体から、働き方の種類、
ネットビジネスの詳細〜ノウハウ、
ウェブマーケティングまで。


希望を感じられたことで

鬱は完全に消滅しました。

 

そして実践と行動を重ねました。

 


インターネットを活用して
自分を知ってもらうことで、


自分の生み出したハンドメイドの作品に
10万円の価値がついたり


一度は諦めた花の仕事でも違う形で、
描いていた通りの理想の未来を実現できました。


イベントでは2日で6万円をいただけるなど
自分の提供した価値がお金という形で
ありがたく巡ってくるようになりました。

 

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会社や組織に頼らずに
「自分の力でお金を稼いだ事実」は


私にとても大きな自信を

持たせてくれました。

 


ずっと悩み続けていた人見知りも直ってしまい、
実績ができたことで、
新たな可能性が広がっていくのを実感しています。

 


先生との出会い

 

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後押しするように、
ビジネスの原理原則を

教えてくれる方に出会ったことで

さらに人生が大きく変わりました。

 


お花屋さんになるときに購入した
実際に花業界で働いている人が
「自分の経験をもとに作ったテキスト」

 


ネットビジネスの先生から学んで
見えてきたその商品は、


まさに私が理想とする

価値提供の仕方だと知りました。

 


自分の経験を「形」にして、

誰かにその情報を提供する。

 


その情報に

価値を感じてくれた誰かが

自分を信頼したうえで

購入してくれる。

 


すごく美しい循環を感じられる仕事。

 


あの商品に私かどれだけ救われたか…。


そして

私も困っている誰かの

力になれたなら…


そう思ってこのブログを
立ち上げることにしました。

 


私が先生から教わったのは、
コンテンツ(商品)を販売するための
思いやりにあふれた大切な原理原則でした。

 


美しい循環を生み出している

本物のビジネスには、


どんなに時代が変わっても

揺らぐことのない

ベースとなる要素があります。

 


それを知っているか知らないか、
上手に使いこなせるか
成功するか、しないかが

分かれます。

 


例えばどんなに美味しい料理をつくっている
レストランでも
人の目に触れなければ(集客ができなければ)
残念な結果を招いてしまいます。

 


けれど、大切な要素知って

ちゃんと結果の出る流れや

仕組みをつくれば、
結果は必ずついてくる。

 


そして、

学べば学ぶほどコンテンツも

無限に生み出せるので
結果として収入も上がっていきます。

 

私は半年前まで

オンラインビジネスが

どんなものかさえ知りませんでした。


むしろ
どこか胡散くさいというイメージが
抜けずにいました。


「自分で発信する」
ということも考えなかったので、
SNSなんてやったこともないし、


PCさえ持っていませんでした。

 


けれど

『人生を本気で変えたい!』


その気持ちだけで
ゼロをイチにすることができました。


自分を信じてやり抜けば
必ず流れが変わります。

 

 

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問題なのは
ただ闇雲に手探り状態で努力しても、
ダメだということ。

 


本質を教えてくれる人から正しく学んで、
まずはその通りに何度もトライすることが
とても大切です。

 


基礎が解れば、

オリジナルも生み出せます。

 

 

最初の頃は、ブログで収入を得られるなんて

本音では信じてませんでした。

 

でも、

『ちょっと信じきれないけど、

   とにかく人生を変えるために

   一定期間頑張ってみよう!』

 

と考えて、ちゃんと研究して準備して

本格的に世間に発信しだしてから1ヶ月。

 

本当に収益化達成。

 

収益化までには、もちろん色々

試行錯誤しまくりました。

 

簡単にいかないと思ってたので

思ってたより目標達成までが早くて

自分でも驚きました。

 

収益化を達成したからこそ

見えた景色がありました。

 

なので、

自分の活動をもっと広めたい!

でもどうしたらいいか分からない…という人や

 

苦しい生活を送っている人を

救うきっかけになれば!と思い、

 

このブログとTwitterを通して

『ブログの書き方』の先生を

始めることにしました^^*

 

小さい頃からの夢が《本屋さん》

というのもあり、

 

‪『SUZU BOOK STORE』‬

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長文おつきあいくださいまして、
ありがとうございました!

 

これからも私のブログを読んでいただけると

とっても嬉しいです。

 

 

このブログの著者すずは今

社畜生活から抜け出して、

 

大自然の中にあるログハウスで

毎日のんびりのんびり

 

人生の相棒フクロウ🦉と

自分の好きなことをしながら生きています。

 

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私のその他の活動はこちらにまとめてあります

https://linktr.ee/beisan295

 

 

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  用法容量を守って、正しくお使いください笑

 

 

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